俳句・枕草子

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ぼくはこうして古典と遊んでいる





俳句  枕草子

 
  

 

枕草子が書かれた時代には和歌は存在した。しかし、清少納言の醒めた眼でとらえた世界は和歌という形式では詠いきれなかったようだ。もし、彼女が現代にいて俳句という表現形式を知っていたら、ひねりの効いた句をたちどころに百や二百は作ったかもしれない。枕草子にはそんな俳句的な匂いがある。


■ あけぼのや 細くたなびく 春の雲

春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。
 
 

 
■ 闇もなお蛍ほのかにうち光り
 
夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。




 
■ ふたつみつ秋は夕暮れからすかな
■ あわれなり日の入り果ててすだく虫

 
秋は夕暮。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさくみゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音むしのねなど、はたいふべきにあらず。




■ 冬なれば身の引き締まる朝が好き
 
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。晝になりて、ぬるくゆるびもてゆけば、火桶の火もしろき灰がちになりてわろし。
 

 
■ うらうらと正月晴れて祝いけり
 
 [三]正月一日は、まいて空のけしきもうらうらと、めずらしうかすみこめたるに、世にありとある人は、みなすがたかたち心ことにつくろひ、君をも我をもいはひなどしたる、さまことにをかし。・・・
 

 
■ 大きなるカメに挿したる桜かな
 
[四]三月三日は、・・・
おもしろくさきたる櫻をながく折りて、おほきなる瓶にさしたるこそをかけれ。・



 
 
■ カッコウや木々若やかに青みたり
 
[五]四月、祭りの頃いとをかし。・・・・・・・・・・・・・・木々の木の葉、まだいとしげうはあらで、わかやかにあをみわたりたるに、霞も霧もへだてぬ空のけしきの、なにとなくすずろにをかしきに、すこしくもりたる夕つかた、よるなど、しのびたる郭公の、遠くそらねかとおぼゆばかり、たどたどしきをききつけたらんは、なに心地かせん。
 

 
■ 子雀にこころときめき育てけり
 
 [二九]こころときめきするもの  雀の子飼。・・・
 

 
■ 栞あり過ぎにし方の恋しけれ
 
[三0]すぎにしかた戀しきもの。枯れたる葵。ひひなあそびの調度。二藍・葡萄染などのさいでの、おしへされて草子の中などにありける、見つけたる。
 

 
■ 起きて水こころゆくまで飲みにけり
 
[三十一]こころゆくもの・・・
よる寝おきてのむ水。
 

 
■ すずしげにホワイト・ジーンズ穿きにけり
 
[三五]・・・
六月十よ日にて、あつきこと世にしらぬ程なり。・・・
しろき袴もいとすずしげなり。
 

 
■ 朝顔の露落ちぬ間に起きにけり
 
[三十六]七月ばかりいみじゅうあつければ、・・・
朝顔の露おちぬさきに文かかむと、・・・
 

 
■ よきひとと寝たるなごりの朝寝かな


「こよなきなごりの御朝寝かな」



 
■ 春雨や愁いに似たる梨花一枝
 
[三十七]木の花は・・・
梨の花、よにすさまじきものにして、ちかうもてなさず、はかなき文つけなどだにせず。・・・・・・・・・・・楊貴妃の帝の御使いにあひて泣きける顔に似せて、「梨花一枝、春、雨を帯びたり」などいひたるは、おぼろげならじとおもふに、なほいみじうめでたきことは、たぐひあらじとおぼえたり。
 

 
■ 五月晴れ、しく月のなき節句かな
 

[三九]節は五月にしく月はなし。
 

 
■ かき氷銀の器に出されけり
■ 形よく苺食いたる乙女かな
 
[四二]あてなるもの  薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて、 あたらしき金鋺に入れたる。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪のふりかかりたる。いみじううつくしきちごの、いちごなどくひたる。
 

 
■ 霜枯れにりんどうの花際立てり
 
[六七]草の花は  なでしこ、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし。をみなへし。桔梗。あさがほ。かるかや。菊。壷すみれ。龍膽は、枝ざしなどもむつかしけれど、こと花どものみな霜枯れたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし。
 

 
■ 朝露に薄の穂先蘇枋にて
 
 秋の野のおしなべたるをかしさは薄こそあれ。穂さきの蘇枋にいと濃きが、朝露にぬれてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。秋のはてぞ、いと見どころなき。色々にみだれ咲きたりし花の、かたちもなく散りたるに、冬の末まで、かしらのいとしろくおほどれたるも知らず、むかし思ひ出顔に、風になびきてかひろぎ立てる、人にこそいみじう似たれ。よそふる心ありて、それをしもこそ、あはれと思ふへけれ。
 

 
■ 空凍てて底より響く鐘の音
 
 [七十三]・・・
また、冬の夜いみじうさむきに、うずもれ臥して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうにきこゆる、いとをかし。
 

 
■ 粉雪の風にたぐいて入り来る

 [七六]内裏の局、細殿いみじうをかし。上の蔀あげたれば、風いみじう吹き入りて、夏もいみじうすずし。冬は、雪・霰などの、風にたぐひて降り入りたるもいとをかし。
 


■ 村雨に池の蓮の心地よし
 
[八0]心地よげなるもの  卯杖のことぶき。御神楽の人長。神楽の振幡とか持たる者。御霊会の馬の長。池の蓮、村雨にあひたる。傀儡のこととり。
 
 
■ つれづれに一人碁を打つ冬日かな
 
[一四0]つれづれなぐさむもの  碁。双六。物語。・・・

 
■ 青磁器に清く冬日の差し入りて
 
[一四八]きよしと見ゆるも  土器。あたらしきかなまり。畳にさす薦。水を物に入るるすき影。
 

 
■ 雀の子ねず鳴きすれば踊り来る
 
[一五一]うつくしきも  瓜にかきたるちごの顔。雀の子、ねず鳴きするにをどり来る。・・・
 

 
■ 雪月花、夏秋冬とめぐり来て
■ 梅の香の時にぞ人を想いけり
 
[一八二]雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて梅の花をさして、月のいと明かきに、「これに歌よめ。いかがいふべき」と、兵衞の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるをこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなんいひがたき」とぞ
 

 
■ こぼれ落つ黄なる木の葉のほろほろと
 
[一九九]九月つごもり、十月のころ、空うち曇りて風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあわれなり。桜の葉、椋の葉こそ、いととく落つれ。
 

 
■ 夏の川、玉と散らして馬渡る
 
[二三二]月のいとあかきに、川を渡れば、牛のあゆむままに、水晶などのわれたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ
 

 
■ 夏の日の茜の雲のうすれゆく
 
[二五二]日は 入り日。入りはてぬる山の端に、光なほとまりて赤う見ゆるに、薄黄ばみたる雲のたなびきわたりたる、いとあはれなり。
 

 
■ 春夏とただ過ぎにすぎ落ち葉かな
 
[二六0]ただ過ぎに過ぐるも  帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。
 

 
■ 立冬や真白き紙に慰みて
 
[二七七]・・・「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白うきよげなるに、よき筆、白き色紙、みちのくに紙など得つれば、こよのうなぐさみて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる。